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1. 思い出はセピア色  投稿者:哀旦那 投稿日:2016/12/25(Sun) 19:04 No.21600

私の初体験は大学1年の時、相手はアパートの隣に住む3年生の先輩だった。
私が引っ越してくる前は、私と入れ違いで卒業した先輩の2コ上の彼氏が住んでいた。
私は、先輩の彼氏の代わりにされただけでなく、先輩が生理の時には手コキで射精観察されたり、オナニー射精を強要されたりしていたが、先輩なので逆らえない、というか、セックスさせてくれる先輩のいいなりだった。
強要されたオナニーのときのズリネタは、セーラー服姿の斉藤由貴のグラビアだった。
飛び散る精液を凝視され、恥ずかしかった。
大学2年になると、女体を覚えた俺の方がセックスのペースを握るようになった。

大学2年の暑い夏の日に、私は図書館で調べ物をしていた。
するとそこに、セーラー服を着た女の子が勉強していた。
チラッと見ると、斉藤由貴に似ていて、思わずときめいた。
彼女見たさに図書館へ通った。
そのうち、顔見知りになって、時々会話も交わすようになった。
彼女は4歳年下、高校1年生だった。

大学2年が終わり、先輩が卒業して故郷へ帰るのでお別れになった。
大学3年になって、図書館で例の女子高生に声をかけられた。
「こんにちは。何だか、元気ないですね。」
彼女と別れたことを告げると、
「私が代わりにって、わけにはいきませんものね・・・」
この一言がきっかけだった。
大学3年生と高校2年生のカップルが誕生した。

決して洗練されているとはいえばいえない地方都市の公立高校のセーラー服だったが、斉藤由貴に似た彼女にはとても似合っていた。
図書館デートは、やがて街に出るようになり、梅雨時になると私のアパートへ連れ込むことに成功した。
彼女のファーストキスを奪ったが、それ以上は遠慮した。
しかし、それも1か月が限度だった。
「君が欲しい・・・」
まだ高2の少女の裸は初々しく、女体として完成したかしないかの未熟さもあった。
型崩れも着色も一切無い美しい陰唇を開き、桜色の突起を舌先で舐めた。
男の舌使いの快感を初めて味わい、堪え切れずに声を出した彼女が可愛かった。
「避妊、してくださいね。」
スキンをして挿入した。
破瓜の痛みに耐える彼女を抱きしめ、愛の言葉を囁いた。

秋の頃には陰核の快感だけでなく、挿入された陰茎による快感も覚えてきた。
溢れる陰茎の快感に戸惑う彼女が可愛かった。
陰茎にGスポットを開発されて、淫らな反応をしてしまう自分に恥じらい、頬を染めながらも快楽に喘ぎ、次第に女の悦びを知っていった。
斉藤由貴に似た彼女が恥じらいながら感じる様は、私にこの上ない幸せを運んでいた。

高校3年の冬休みに初めて逝くことを知った。
逝くという不思議な感覚を与えてくれる陰茎対する愛情が増したようで、可愛い顔で陰茎に頬ずりするようになった。
可愛い顔とセーラー服と陰茎の組み合わせは、至高の興奮を呼んだ。
逝くようになると、セックスが愛の確認だけではなくなり、快感を分かち合う卑猥なイベントとして彼女も楽しむようになった。

彼女が高校を、私が大学を卒業して、お互い社会人になった。
私には兄がいるので実家には戻らず、そのまま大学のある都市に住まい、彼女との愛を深めた。
そして、私25歳、彼女21歳で結婚した。
愛しい恋女房との性愛の暮らし、2人の娘が生まれて幸せな家庭を築いた。
斉藤由貴に似た可愛い恋女房は夫婦になった途端に淫乱を増した。
結婚して10年以上過ぎても毎日のように営み続けた恋女房の陰唇は、真っ黒になっていった。
可愛い純情顔の恋女房は、黒ずんだ陰唇を広げて私の陰茎を求めた。

今月下旬、その恋女房の十三回忌だ。
結婚して14年、恋女房との別れは飲酒運転の若造の交通事故に巻き込まれるという形で突然やってきた。
生きていれば47歳の恋女房との思い出は、毎年秋の深まりとともにやってくる。
そして、毎年その思い出は色褪せていく。

今、俺の傍には再婚した女房がいる。
44歳の女房は亡くなった恋女房の妹だ。
10年前、俺41歳、義妹だった女房34歳で結婚した。
当時義妹は幼稚園の先生をしていて、ずっと独身のままだった。
しかし、若い先生の台頭で居場所がなくなり、辞め時を感じていた。
そこへ姉の死・・・二人の小学生の姪っ子・・・義父母の勧めもあり、私との結婚を承諾して幼稚園を辞めた。

今の女房は亡くなった恋女房の妹だから姉の面影はあるが、可愛さは地味だ。
34歳で当時41歳の俺と結婚し、入籍したその日に初めて結ばれた。
「夫婦ですから、セックスはさせてもらうよ・・・」
「はい、それは当然です・・・」
処女ではなかったが、性体験はかなり浅く、フェラも葉が時々当たるほど幼稚だった。
それだけに34歳とは思えぬほど陰唇は綺麗で変形も無かった。
女子高生だった頃の亡き恋女房と同じで、陰核の快感しか知らず、陰茎による膣内の快感を開発する手間があった。
女房の喘ぎは亡き恋女房のそれとは違って穏やかだったが、喘ぎ声はソックリで切なかった。
膣内開発が終わり、義妹女房がGスポットで喘ぐようになると、積極的に営みに励むようになった。
地味な女が遅咲きの淫乱が開花して、愛液を滴らせて淫らに喘いだ。
「結婚って・・・セックスって・・・素敵ね・・・お姉ちゃんゴメンね・・・お義兄さんを取っちゃって・・・」

再婚して10年の今でも、週3〜4回は夫婦の営みがある。
私は51歳になったが、自分の子を産むことなく二人の姪っ子を我が子のように育ててくれた女房が悦ぶなら、いくらでも陰茎を捧げるつもりだ。

その義妹女房との思い出が10年分蓄積されてきた分、亡くなった恋女房の思い出が少しずつ色褪せてゆく。
間もなくやってくる十三回忌、目を閉じればセーラー服を着た斉藤由貴に似た可愛い恋女房が微笑んでいるが、映像がセピア色になっている事に気付くのだ。
いつか、義妹女房との結婚生活が亡き恋女房と過ごした時間を超えたとき、恋女房の思い出はモノクロームの世界へと変わっていくのかもしれない。

亡き恋女房の十三回忌を前に、セピア色の思い出を書き綴ってみた。


2  うらやましい - 2016/12/25(Sun) 23:51 No.21601
    恋女房から義妹女房と女体を味わうアンタがうらやましい。
    お幸せに。


3  名無し@熟年夫婦 - 2016/12/26(Mon) 00:21 No.21602
    はあ?
    新も旧も嫁さんにしたら兄弟でしょ
    しかも義理親いるなら忘れるわけないですが


4  名無し@熟年夫婦 - 2016/12/26(Mon) 19:01 No.21606
    思い出はいつの日か忘却の彼方です。
    親兄弟だっていつしか記憶の片隅に追いやられてしまいます。
    新しく愛すべき人が生きているならなおさらでしょう。
    忘れてしまう事に罪悪感を覚える気持ちなんだと思います。


5  山陰爺 - 2016/12/30(Fri) 08:52 No.21613
    恋女房は来年の命日で他界して満30年になる。
    結婚後も言い通したことは、過去の男関係を偽り処女だったと言い通した根性には、俺も負けたよ。

    肛門も挿入したので陰部は淫水焼けがひどかった。


6  関東爺 - 2017/01/01(Sun) 14:21 No.21615
    私の前妻も亡くなって21年になります。再婚して18年です。思い出は色あせないと思っていましたが…
    時間は、愛しい思い出さえも新しい幸せの思い出にオーバーレイされてしまうものですね。

おなまえ
コメント  
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